2008年12月07日
(116)賢いか?愚かか?
僕たちは、よっぽど意識して考えないと、ついつい、先入観や既存の価値観に囚われてしまうことを実感した。
ドラッカーが15年前に既に言っていたことがある。
カール・マルクスが1867年に「資本論」を発表してから、本当に資本家と労働者の関係が明確になったのは30年後の1900年に入ってからだという。
当時は資本(=お金)が大事だった。
綿製品を作るのに不可欠な製造機械は資本家が所有しており、
労働者は単純労働で、誰でも交換可能だった。
現代は、仕事のほとんどは「単純労働」ではなくなってしまった。
企業が収入を得るのに不可欠な設備は、製造設備ではなく、社員の頭の中に移っている。
せいぜい社員が使うコンピュータが次に重要な設備だが、これだって、自宅のコンピュータである程度代替できる。
つまり、今大事なのは「お金」ではなく、「情報」になった。
それなのに、何故、僕たちは、無意識のうちに個人も国も「お金」が豊かか貧しいかを第一基準にしてしまうのだろうか?
サブプライムに始まった金融恐慌でアメリカの富の半分が吹っ飛んでしまった現在、
吹き飛ぶ前の企業と吹き飛んだ後の企業はお金で測ると半分の価値になった訳だが、
その企業を構成する社員のノウハウや顧客は半分になったわけではない。
物差しのどこかに狂いが出ている。
ドラッカーが15年前にこう言っている。
「これからは、個人も企業も国も、金銭的に豊かか、貧しいかではなく、
知恵のあるなしで、賢いか、愚かかが重要になる」
自分なりに言い換えると、例えば中国は2006年2月に日本を抜いて外貨準備高が世界一になったが、環境汚染やエネルギーの使い方、インターネット規制や民主主義において、「賢く」行動しているかどうか?
ちょっと飛躍して、自分自身を見てみる。
ハングリー精神というと、ボクサーを想像するが、
自分にハングリー精神が必要と思ったら、
断食はしない。大事なのは食べ物ではないからだ。
敢えて、貧乏にもなる必要はない、100年前まではお金や、身分、生まれが決定的だった。
今は、愚かであることが、決定的に問題になる。
ホームレスから這い上がった人の話があるが、彼は愚かではなかったのだろう。
今は、「自分は愚かだ」と自覚することが、今流のハングリー精神かもしれない。
以下は、友人から紹介してもらったリンク先です。
Stay Hungry & Stay Foolish
アップルのスティーブ・ジョブズが言っている言葉の意味が分かってきた。
2008年12月07日
(115)マリア
タイに住んでいたころ、同い年のお手伝いさんが僕の家に勤めていたが、
普通にタイ語の読み書きをしていた。
簡単なアルファベットも読めて、
買い物を頼むときは便利だった。
ブラジルのお手伝いさんはマリアという、年齢不詳だが、多分60歳を超えているはずだ。
彼女が所謂、「文盲」だということが分かったのは、
知り合ってから半年くらいしてからだ。
年の割には元気で、働き者で、利発なので、全く意識しなかったが、
あるとき、買い物を頼みたくて簡単なメモをポルトガル語で書いたときに分かった。
それ以来、これがブラジルの問題なんだ、と思い続けてきたが、
最近はちょっと考えが変わった。
経営というものをおさらいしようと思って、ピーター・ドラッカーの全集を日本語と英語で読見返した。
英語のは、<The Essential Drucker>と言って、持ち運びに便利な350頁の軽いペーパーバックだ。
日本語のは「ドラッカー経営論」というタイトルだが、こっちのはもっと充実している代わりに800頁近くありとても重いものだ。
ドラッカーが言っているのは、人間には読み書きして理解する人と、会話して理解する人に大きく分かれ、
先ず、自分がどっちに分類されるのかを理解しないといけない、という話だ。
歴史的な人物で言うと、こうなる。 書いて理解する人: ベートーベン。一度書いたら覚えてしまうので、再び音符を見る必要がない。聞いて理解する人: GMの中興の祖、アルフレッド・スローン。彼は決してメモを取らないが頭に入る。ウィンストン・チャーチルが学校を中退したのも、頭が悪かったわけではなく、彼は読み書き型ではなかった可能性がある。
と、考えると賢いか、愚かかを文盲率だけで判断することはできなくなる。勿論読み書きができた方が良いには決まっているが、マリアを見ているとそうとは断言できなくなる。インカ文明が文字なしで高度に発達した例もあるし。
もしも、文盲率や進学率以外に、社会や国がどの程度賢いのか、愚かかを判定するとすれば、
大雑把に言うと、どの程度オープンに人々が発言したり、会話できるか、旅をできるか、といった
「オープン度、開かれ度」があるんではないかな、と思う。
この基準でいうと、BRICSの中で、ブラジルは可也、開かれ度は高い。
インドも結構良い線いっていると思う。
ロシアは疑問だ。
中国は開かれ度の高い一群と極度に低い一群が混在しており、
これが社会緊張の原因になっているんではないだろうか?
2008年12月07日
(114)本当のところどうなっているんだろうか?
ここの所、ずっとインドで仕事をしており、
ここは工場が金曜休みで、土日は動いており、
投稿する時間がありませんでした。
今、世界中で、「経済危機」、「大恐慌」と騒がれてますが、
僕は根本的に疑問に思うことがあります。
1)上澄みと中身を混同してないか?
ベアスターンズやリーマンのようなトップクラスの金融機関が消え、
今、世界最大のシティバンクが倒れそうになっている。
アメリカの資産の約半分が吹っ飛んでしまった状況は、大恐慌と言っても良いと思う。
でも、これはバブルの上澄みの部分だ。
ものごとは、極端から極端に振れる。
実体経済にも大きなダメージが生じ、
消費者がものを買わなくなっている。
弱い企業からふらついて来る。
アメリカの三大自動車メーカが倒産の危機に瀕している部分は、
実体経済の「中身」に相当すると思う。
しかし、GMなんかは一方では、GeneralMotorsではなく、
GlobalMotorsと言われており、アメリカのGMと、
ブラジルやインドのGMとは全く様子が違う。
極端な振り子が元に戻ったときに、本当の姿が見えてくるはずだ。
勿論、その過程で幾つかの実態部分も傷は負っているはずだが。
2) 資源の枯渇はなくなったのか?
投機資金が引き上げ、例えば鉱山会社Valeの株価はピークの45ドルから9ドルへと、
5分の一に減ったが、その結果、現した姿は、史上稀に見る高収益企業の財務内容だ。
また、これまでのM&Aで鉄鉱石を始め、貴金属の企業の整理統合が進み、
現在は、需要の増減に応じて生産量を調整できるだけの価格支配力を有するようになった。
一方では、BRICSや、ひとやま超えた後のアメリカ(=仮称、UBRICS)は内需主導の成長力を取り戻す。
金融恐慌の前と後で、資源の絶対量が増えた事実は無い。
3) 温暖化問題は解消したのか?
ピークオイルは時間の問題だし、人間の生産活動は相変わらず活発だ。
金融恐慌は起きても、大戦争があったわけではなく、
人口は増え続けており、人々の基本的な生活水準向上要求は世界的なレベルで広がっている。
CO2も増え続けている。リーマンブラザースが無くなっても、CO2の量には関係が無い。
むしろ、石油の値段が暴落した今こそ、この問題にフォーカスすべきではないだろうか?




